序: 家の緩やかな片付け / Lazy with Home-Making

001 序

文責:北垣直輝

 家の中はすぐに散乱してしまう。これは、仕事に忙殺されていたり、友人との予定に忙しかったりするのが、原因であることが多い。少し落ち着いてふぅーっと息ができる時に、自分の部屋を少し片付ける。その時の部屋の、空間の変化やその豊かさに何度でも感動してしまう。しかし、また時間が経つと家の中は散乱してしまう。わたしは、この繰り返しにこそ、今の暮らしにとって無くてはならない着眼点があるのではないかと思う。

 自分の家のことを見返す機会は、想像以上に少ない。世の中には、息をするように部屋を片付けられる人もいるのかもしれないが、少なくともわたしはそうではない。目の前の生活と労働に精一杯になってしまい、家や家財道具のことを一時的に忘れてしまうのだ。しかし、家事行為をとおして、生活を支える生活の場を顧み、それによって自分が置かれている環境や主体性を再考することができる。また片付けによって、引越しやリフォームをしないでも、家の豊かさを部分的に良くできることが多々ある。それゆえに、片付けは大事だと思っているし、その効果に期待しているのである。これはわたし自身の普段の生活や自分が関わった建築設計のプロジェクトでの経験をとおして気づいたことであり、今回行ったリサーチや試行錯誤から得た知見を利用して、現代により適した片付けの態度を何かしら示したいと思う。

 一方、片付けの大変さにも自覚的なのである。家の中の散乱は、個々人の余裕の無さだけが原因なのではなく、子育てや介護といった家族内での関係性や相続という長い時間の流れやより広い環境の観点が原因になっていることも多いようだ。また、家の中の片付けがまるである個人の責任であるかのような考え方の限界は、家政学の歴史やその他家に関する論考から考えることができる。

 改めて片付けのことを考えるにあたって、その具体的な要点である保存や廃棄、収納といった活動にまで遡って考えていきたい。先んじて結論を述べるのであれば、現代の生活において、ただきっちりと整えられた部屋や家のみが豊かなのではなく、少々緩やかさを含んだ余裕のある片付けが目指されるべきなのである。各個人の要・不要に関係なく、物事が出入りすることを受け入れた上で、自身のアイデンティティと生活をオーガナイズしようとする態度である。そのためには、人と物、家の関係や家庭や世界との関係の態度が根本的に考え直される必要がある。2024年08月に行う展示1は、この結論をできる限り具体的に実践し、共有するために行われるのであり、その着眼点は「物を動かし続けること」とそれを「記録すること」にある。

 片付けは家事のひとつであり、家庭のもつ問題と強く結びつく。プライバシー やジェンダー 、家族観などはもちろん、政治や経済の観点から考えることもできる。また、より広い存在(先祖や子孫、人間でないもの)にまで対象の範囲を広げて考えることもできるかもしれない。それゆえに、この文章は大きな遠回りや迂回を行うことになり、ひとつの切り口で読み解くことが難しくなっているかもしれない。可能な限り通読できるよう、大雑把ではあるが、今回の文章の構成を少し説明しておこうと思う。この(1)序論に続いて、まず、(2)片付けとは何を指すのかを、片付けのプロ、近藤麻理恵(以下、こんまり)の著作2を中心に復習する。その後、(3)従来的な片付けの考え方がどのように形成されてきたかを家政学の歴史を振り返りながら3、論点を整理し、(4)片付けの中でも「保存」の観点4、(5)「廃棄」の観点5を改めて論じ直す。(6)現代において、片付けや家事のあり方を変えるより規模の大きい観点6から家のことを考え、(7)最後に、これから考えられるべき新たな片付けのあり方、「緩やかな片付け」の態度とその評価方法を考えていきたいと思う。

 繰り返しになるが、片付けに関する多くの気づきは、普段の私生活や建築設計のプロジェクトでの経験で、ふつふつと膨れ上がってきたものである。追記にて、わたし自身がこれまでの関わってきた活動(京都における友人の実家でのプロジェクトや滋賀県北比良における友人の祖父母家での共同生活・増改築計画など)の概要を示そうと思う。

1

東京都丸の内にある国際ビル 1FのYAU CENTERで開催される展示『Living Room by Tabula Press』。

2

近藤麻理恵「人生がときめく片づけの魔法」サンマーク出版、2010を主に参照。国内外問わず多くの人に読まれ、「ときめき術」など片付け術に大きな影響を与えた。アメリカでは片付けを意味する単語として「KonMari」という単語が流行るほどであった。 

3

柏木博「家事の家政学」岩波書店、2015を主に参照。如何にして現代の家事の考え方が形成されてきたのか、19世紀アメリカを中心に始まった家政学発生の流れを読み解く。 

4

Iris Marion Young, , “On Female Body Experience: "Throwing Like a Girl" and Other Essays”,Oxford University Press, 2005を主に参照。固定的なジェンダーバイアスを再生産する場として批判的に捉えられてきた家や家庭に関する記述がある。 

5

「廃棄の文化誌 新装版―ゴミと資源のあいだ」(ケヴィン・リンチ/有岡 孝、駒川 義隆訳、工作舎、2008)や「分解の哲学 ―腐敗と発酵をめぐる思考」(藤原辰史、青土社、2019)を参照。都市計画家ケヴィン・リンチの未完の遺作と哲学者藤原辰史の分解の思想は、片付けにおいてこれまで語られてこなかった側面に焦点を当てる。 

6

「ヒューマンカインドー人間ならざるものとの連帯ー」(ティモシー・モートン/篠原雅武訳、岩波書店、2022)や「「人間以後」の哲学」(篠原雅武、講談社、2020)などの著作から、家の、あるいは人間世界の外側から片付けに影響を及ぼす要因を、これまで以上に広く読み解くことを試みる。


 

企画概要

YAU公募 vol. 02 「Living Room by Tabula Press」

企画:Tabula Press
開場時間:12:00-19:00
休廊日 :木曜日
会場:YAU CENTER 
(東京都千代田区丸の内三丁目1-1 国際ビル1F)
入場料:無料

主催:
有楽町アートアーバニズム YAU、Tabula Press
出展:
Tabula Press(北垣直輝、曽根巽、成定由香沙)
マネージャー・コーディネーター:
築山礁太、武田花、山本さくら、村松里実(以上、YAU)
協力・印刷:
Hand Saw Press


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